投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


沖縄での米軍軍属の犯罪

 投稿者:-  投稿日:2016年 5月31日(火)13時46分0秒
返信・引用 編集済
   先日、沖縄で大変不幸な事件が有りました。事件の詳
細はすでに皆さんもご存じのとうりですが、新聞、テレビ、
雑誌など日本のマスメディアが全く伝えていないし、コメ
ントもしていない重大な基本的な問題があります。

 それは、沖縄の住民が主張している、基地が有るからこ
んな事件が起こる、だから沖縄から基地は出て行ってもら
いたい、、、。気持ちは判ります。しかし、この様な考え
方は余りにも感情的、短絡的で、問題解決の役には立ちま
せん。

 なぜか? 沖縄を含む日本国内各地に日本の自衛隊の基
地、駐屯地が多数あります。その自衛隊の基地近くでこの
様な悪質な犯罪が頻発しているでしょうか。問題は米軍や
米軍軍属の人間の質と米軍の兵員教育にあると思います。

 「基地が有るから犯罪が起こる」のではありません。そ
に存在する人間が犯罪性向を持っているとか、その様な人
間に対して普通の社会常識を教育をしていない米軍の兵員
訓練と米軍の教育制度にこそ注文をつけるべきだ、と思い
ます。               11088
 

難民と人道主義

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2016年 4月 3日(日)13時40分16秒
返信・引用 編集済
  難民問題については、先に2015年10月に投稿しましたが、
当時はこの問題を深く考えていませんでした。何となく霧が
かかったような状況で、考えるための資料も少なく明確な私
の意見や主張も有りませんでした。

その後、もう少し全体的に思案してみました。結論を申し
ますと、人間集団の価値観や思想、風俗、生活習慣が余りに
も違い過ぎ、また自分達の主義・主張、宗教的な信念、さら
に風習に固執して移住先の人間集団と軋轢をおこすとどうな
りますか。

移住先の国にはそれぞれの思想や文化があり、その国家と
いう構造物を支える法律や習慣が有ります。入ってきた難
民がその国の法律を守り、周囲の人間と融和するのではなく
独自の考えだけで行動すれば、移民ではなく異物となって
しまいます。

日本はもとより、世界各国の報道機関、知識人などオピ
ニオン・リーダーと言われる人々は、人道的な立場からと
言うきわめて空想的、感情的で非現実的な論点だけで、当
たり障りのない、無責任な論調を展開しています。

例えば「豚肉は不浄だから食べない、食べてはいけない」
という遥かに遠い昔に、特定地域の事情を根拠にした宗教
的な偏狭な理屈について、肉といえば豚肉を食べる中国人
は、この説明にどんな感想を持っているのか、習近平さん
や李克強さんに聞いてみたいですね。

聞く所によると、イギリスに移民したアラブ人のイスラ
ム教指導者は、ロンドンのウエストミンスター寺院をイス
ラム教のモスクに改築したいと語り、エリザべス女王には
イスラム教徒になってもらいたい、と言ったそうですが、
信じられますか!                    10954


 

不気味で謎の多い民族性

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2015年12月13日(日)10時52分33秒
返信・引用 編集済
    ドイツのミユンヒェン・Munchenやシュツトガルト・Stuttgart
の路地裏の小さな町工場の自動車屋さんが売り上げを伸ばす為に、エ
ンジンにインチキ・ソフトを計画的に組込んで、排ガスの環境基準を
クリアーしようとしてこんな詐欺師の様な工作をしたというのなら成
程、困窮して追い詰められるとこんな事をするのか、と容易に納得出
来ますが、、、。

 ヨーロッパで、と言うより世界に冠たる工業国家であるドイツを
代表する巨大自動車メーカーが、世界史に残る犯罪行為を熟慮の末
に腹をくくって敢行した事を知って、私は自分の心臓が高鳴り、思
わず心房細動の発作が起こったかと思い、しばらく唸っていました。

 私は、ふと、1933年に暴力的なクーデターではなく、ドイツ国民
によって合法的、民主的に選ばれた「国家社会主義ドイツ労働者党」
によるドイツ政府の軍隊が1939年9月に突如として隣国ポーランド
に戦車に乗って出かけて行ったり、特定の民族を独自の理論に基づ
いて抹殺しようとした歴史を思い出しました。

日本人ならば仮に民族的なヒステリー状態になったとしても、近隣
諸国の特定の民族をもっともらしい理屈をつけて何百万人も、圧殺す
るという様な蛮行は出来ません。また日本の自動車メーカーは、何時
かはバレるこんなインチキは絶対にやらないでしょう。もしこんな破
廉恥なペテン師のやる行為を実行したならば、社会的に糾弾されて企
業として存立できなくなります。

過去80年余りのドイツ人の実績から考えても、彼らはやる時はやる
と言う決意に満ちた実行力のある凄まじい集団であり、不気味で底知
れない謎の多い民族だと考えざるお得ません。ドイツ人を甘く見ては
いけないとつくづく思いました。       10593
 

難民問題はよくわかりません

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2015年10月20日(火)15時45分56秒
返信・引用 編集済
  「難民問題」について、日本のマスメディアはシリアを
中心にしたアラブ人などがヨーロッパを目指して大移動を
していると報道しているだけで、重要な論評も丁寧な解説
もしていません。私はこの問題については幾つかの疑問を
持っています。

第一の疑問。難民はみなヨーロッパ、特にドイツ、イギ
リス、北欧に向かっていますが、民族も同じアラブ人、宗
教も同じイスラム教、使っている言葉も同じアラビア語の
すぐ隣の国々には行かない。

 大金持ちのサウジアラビア、クウエート、ペルシャ湾
の湾岸諸国などのいわば同胞の国々にはなぜ行かないの
でしょうか。これらのアラブ諸国がまず救援の手を差し
伸べるのが当然だと思いますが。何か変ですね。

 少し昔に、世界最大、最強の軍事力によってベトナム
民族は何年にもわたって人類の歴史に残る巨大な攻撃を
受けました。その時、かなりのボートピープルが現れま
したが、何万、何十万のベトナム人が祖国を捨てたとい
う話は聞いていません。

 かりに、日本で内戦が起こり国内が大騒乱になった時、
日本人は我先に集団でどこかに逃げ出すでしょうか。自
分たちの力で内乱を抑え込み、知恵をしぼって心血を注
ぎ国家の平和を取り戻す努力をするに違いありません。

 弾が飛んで来たから、沢山の人が殺されたからと言っ
て祖国を簡単にすてて逃げ出す民族と大量の爆弾を雨あ
られの様に落とされても祖国を死守したベトナム民族、
何故こんなにも違うのでしょうか。

 もう一つの疑問。地下から石油という宝物が偶然噴出
して大金持ちになったアラブ諸国は、なぜ食うや食わず
で命からがら流浪している同胞を助けないのでしょうか。
ヨーロッパをはじめ世界各国が難民問題で大騒ぎをして
いる時、中東のアラブ大金持ち諸国は音無しの構えです。

また、初めは難民受け入れで威勢のいい事を言っていた
ヨーロッパのドイツやフランスの政府、国民は、最近は
国内世論の圧力に押されて方針転換をしているようです。
初めから、なぜアラブの大金持にも応分の負担を求めな
かったのでしょうか。  10466

 

なにが一番大切なのか、、、

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2015年 8月 9日(日)08時42分17秒
返信・引用 編集済
   あるMLに発表された「安全保障関連法案」についてのFさん
のコメントに関しての私の意見。

 アジア・中国史の専門家アーサー・ウォルドロン教授の警告は
少々過激なところもありますが、重要な発言だと思います。同教
授は、昨年2014年3月7日付日本経済新聞「経済教室」で、
「日本独自の防衛力が必要」というサブタイトルで、日中関係に
ついてもきわめて示唆的な解説を書いています。

 いま国会で論議されている「安全保障関連法案」。まず最初に
主題である「何が一番大切な問題なのか」を確認し、その為の施
策を討議することが順序だと思います。最重要課題は今後50年、
100年にわたって日本国民の生命財産を守り、安全を確保し、
日本民族の質・量ともに豊かな発展を保障する事。

 この法案は、憲法に違反しているのではないか? 他国の戦争
に巻き込まれるのではないか? 自衛隊員に死傷者が出るのでは
ないか? その他関連する様々な付随的な論点が議論されていま
す。主題と副次的な問題のバランスをしっかりと見極めなければ
なりません。日本国民は最も重要で根本的な原点をしっかりと頭
に刻み付けておけば、後の課題は応用問題です。

 残念ながら、私たち庶民は毎日の生活や身の回りの事で手一杯。
国の安全保障問題や日本を取り巻く近未来の国際情勢などに関心
を持つて、自分自身で考える暇は有りません。世論調査で意見を
聞かれれば、テレビや新聞で見聞きした話をもっともらしく録音
ロボットの様にオウム返しでしゃべっているだけ、念の為に。
                   10244
 

これでも音楽ですからね

 投稿者:あらさん  投稿日:2015年 7月 5日(日)14時25分25秒
返信・引用 編集済
   深夜放送を聞いていました。何と表現したらよいのか分から
ない騒々しい音楽。ギターらしき音、ドラムの様な音がいっせ
いに鳴り響いています。ふと、イメージがわいて来ました。ア
フリカの山奥の森の中で、闇に包まれた深夜の状景。

 キャンプファイヤーの様な大きな炎の立ちのぼる焚き火をか
こんで、その周りを鼻の大きな、唇の厚い人たちがたいまつや
槍を持って輪になって踊っています。リズムの響だけが大きい、
特にメロデイは無く、がんがんと打ち出される巨大な音ばかり。

 時々、誰かが声をはりあげて、歌っていると言うより叫んだ
り、どなったり、悲鳴をあげている様な音。その周りにはチン
パンジーやオランウータン、ゴリラが激しい音に会わせてキャ
ツキャアと叫びながら、身体をゆすっています。

 耳をつんざく様な音楽が終わり、アナウンサーが演奏者の名
前を紹介しました。「エリック・クラプトン」とか言っていま
した。こんな騒音・雑音を音楽と称して、金儲けが出来るとは
何とも気楽なものですね。

 私は昨年、アラエイティになりましたので、勝手気ままに何
でも言いたいほうだい言うことにしています。まぁ、「真夏の
夜の夢」でしょうか。 10077

 

私達・普通の人は普通の人生を

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2015年 1月 4日(日)15時28分35秒
返信・引用 編集済
   人間は、生まれて来たのは偶然の出来事であり、その人間の明確
な意志によるものでは有りません。したがって、生まれて来た事に
ついてはその人に全く責任は無く、基本的にはその人の人生はその
人の自由である、と確信しています。

 生まれて来た人間は、知力、体力、性格、容姿などその属性には
それぞれ違いが有り、差異があり、厳然として優劣・格差がありま
す。「人間は全て平等である」という妄言は、空想的な願望を表現
したもので、真実は「人間は全て平等ではなく、不平等」なのです。

 その人の持って生まれた能力の限界内で最大限の努力をすれば、
よりよい充実した人生を実現できる可能性があります。しかし、自
分の能力の限界を見誤って一時的な成功を真の実力と錯覚すれば、
あとで取り返しの付かない損害を蒙ることになります。

 人間の能力は、子供の時から成長の過程で次第に明らかになって
来ます。小さい時から「神童」と言われる人や、周りから「天才」
「秀才」と呼ばれる人など。歴史が証明している様に、私たち普通
の人間は自分の実力に見合った最大の努力をして、ほどほどの人生
を歩むのが正解でしょう。                        9094
 

「選択治療報酬制度」で行こう

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年11月 2日(日)13時01分51秒
返信・引用 編集済
   久し振りに鴎外の短編小説「高瀬舟」を読みました。60年余り前、高校
生の頃に読んだのですが、「あぁ、こんな話だったなぁ、、、」とかすか
な記憶がよみがえり、懐かしい思いに浸る事が出来ました。この小説には
二つのテーマが有りますが、ここでは「安楽死」についての話。

 「安楽死」に関する鴎外の解説は以下のとうり。「ここに病人があって
死に瀕して苦しんでいる。それを救う手段は全くない。中略、従来の道徳
は苦しませて置けと命じている。しかし医学社会には、これを非とする論
がある、これをユウタナジイという」、Euthanasie(仏)は今では「安
楽死」と訳されています。

 21世紀の現在、「安楽死」は、世界ではスイス、オランダその他とアメ
リカのオレゴン州など4州以外では許されていません。この問題が100年
以上経っても思ったほど前進しないのは、医学的な問題だけでなく人間社
会の倫理、刑事的な犯罪性も絡んだ複雑なテーマだからでしょう。

 話は変わりますが、日本の医療関係費は現在年間、約38兆円という膨
大な金額。増大して行くこれらの費用はどうすれば削減出来るかが社会問
題に、さらに政治課題になっています。私は、解決策の一つとして、患者
による「選択治療報酬制度」を実施すれば良いと思います。

 仕組をごく簡単に説明しますと、医療関係者はガン、脳血管障害、心臓
疾患、認知症、糖尿病合併症、内臓病などの全ての病気の「治療方法」を
可能な限り詳細に開示する(Informed)、一方患者は自分に都合の良い治
療方法を選ぶ(consent)。その治療方法によって前もって設定された給付
金を支給する、というシステム。

 例えば、身体の異常を感じた人が病院に行き診察、検査の結果、ガンと
診断された場合、その患者が全く治療をしない、と言う選択(A)をすれば、
XXX万円を支給する。またモルヒネなど麻酔剤使用の緩和ケアだけでよい
(B)という選択をすれば、(A)-XXX万円を支給。

 緩和ケアと抗がん剤だけの治療(C)ならば、(B)-XXX万円。さらに放射
線と緩和ケア、抗がん剤の組合せ治療(D)ならば(C)-XXX万円。従来と同
じ治療法ならば現行医療費と同額の負担で給付金なし。給付金の支払は治療
法決定時に半額を患者に、残額は患者死亡時に遺族に支給する。

 具体的な制度設計は医療専門家をはじめ各分野の関係者の衆知を結集した
議論を経て決定する。患者は、各種治療法のメリット、デメリットの正確な
解説を受けて、自分が納得出来る方法を選択する。この様なシステムを作れ
ば日本の医療費総額は必ず縮減出来ると思います。

 私自身は、もし発病時にすでに末期ガンであれば緩和ケアーだけの治療法
を選びます。余命を意味も無く幾らか延ばす為に、抗がん剤や放射線を使っ
て不快な思いをしたくないのです。それより規定の給付金をもらって盛大な
「最後の晩餐」を開いて、自分の人生劇場の幕を引きたいのです。 8726
  9225-15 Jan
 

憲法論議

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年10月13日(月)17時33分54秒
返信・引用 編集済
    私の知り合の男が先日、「日本国憲法の全文を注意深く読んだ人は、
国民の何パーセントいると思いますか。一度も読んだことの無い日本人
が、憲法についてあれこれとマスメヂアの受け売りで論評するのですか
ら、全くいい加減なものですよ!」と言っていました。

 上からの目線で、こんな怪しからん事を言う人間がいるので困ります
ね。そこで、「私達は毎日、生活に追われて忙しく、のんびりと憲法な
ど読んでいる暇はありませんよ。勿論、テレビのプロ野球中継やお笑い
番組を見る時間はたっぷり有りますがね」と言ってやりました。8598
 

人類はいつ宗教を乗り越えられるでしょうか

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 9月22日(月)16時20分38秒
返信・引用 編集済
   最近、西欧の中世や近世の歴史書を読んでみて、この時代には宗教的
な事件が何と多い事か、と驚きました。キリスト教でも宗教改革だの、
カトリックとプロテスタントの大論争から、血みどろの大戦争。三十年
戦 争の後の1648年のウエストファリア条約締結でやっと一段落。

 欧米をはじめ、世界の先進国では、19世紀から21世紀の今日まで宗
教的な大事件はほとんど有りません。人類が月に往復し、宇宙の開発が
計画され、人間の生きる権利が問題にされている現在でも、中近東のイス
ラム教諸国ではシーア派、スンニ派が本気で大喧嘩をしています。

 世界最大の超大国・アメリカでも、進化論の教育禁止の州が全米の25
%近くあるとか、キリスト教原理主義者が大活躍をしているとか、神を信じ
る人と神は存在するかも知れないと思っている人が人口の70%もいるとか、
聞きました。びっくりして思わず椅子から転げ落ちそうになりました。

 宗教をめぐる争いは、動物である人間の発展の過程で経験しなければ
ならない一つの道標かも知れませんが、イスラム教は他の世界宗教に比
べてスタートが600年遅れていますから、今を盛りと時代遅れの火花を
散らしてい るのでしょうか。それにしても余りにも遅れ過ぎでしょう。

 イスラム教徒は、世界の人間の歴史や科学の発展史、現在の世界各国
の経済的な状況、他の世界宗教の現状などを知ってるのでしょうか。多分、
知らないと思います。地球上で生活しいる人間は多種多様ですから、いわ
ゆる「多様性」を認めなければならないのでしょう。

 人間の歴史において、現存の宗教からの離陸が次のステップだと、私は
考えています。先進国でも、まだまだ宗教的な思想や習俗が盛んに行われ
ています。宗教からの本格的な離脱は200年以上かかるでしょう。しかし、
世界ではある大国だけが宗教からの離陸体制に入っているようです。

 この国は、過去に世界屈指の大帝国を築いたのですが、100年余り前に
お決まりの衰退過程に入った頃、西欧列強に食い荒らされて滅亡の危機に
陥りました。今は既に勃興期に入っているこの国の未来は、やる事が荒っ
ぽい現在の指導部のこれからの舵取りに掛かっていると思います。

 

「負け惜しみ」でしょうか、、、

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 9月18日(木)15時42分47秒
返信・引用 編集済
   かなり長い人生を歩んで来て思う事ですが、若い時に周りから様ざ
まな圧力を受け、無理を重ねて立派な経歴を手に入れたものの、持っ
て生まれた本当の能力が不足しているために、社会に出てから悲劇の
主人公になった人間を数多く見てきました。

 粉飾された経歴によって、周囲から過大な期待や評価を受け、その
結果、大きなストレスによって身体の不具合がおこり、ガンや精神の
疾病に侵されて沈没した人達。結局は、実力に見合った余裕のある生
き方が最も幸せな人生である、とつくづく思います。

 

戦争と狂気

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 8月16日(土)11時01分29秒
返信・引用 編集済
   今年もまた、いつもの夏がやって来ました。終戦から69年目の夏です。
昭和20年・1945年の8月15日、私が住んでいた田舎町では暑い日でしたが、
空は真っ青で静かな快晴でした。小学校高学年であった私は、お昼のラジ
オ放送で戦争が敗戦で終わった事を知りました。

 8月14日まで、毎日まいにち「神州不滅、必ず勝つ」「一億玉砕」と
絶叫していた新聞、ラジオ(当時テレビは有りません)は、8月16日
から一変して「一億総懺悔」の論調になりました。今でも同じですが、
実質が統治者の代弁者であるマスメディアとしては当然の事でしょう。

 今日はこの終戦記念日に関連してのお話です。いま、お隣の韓国との
間で「従軍慰安婦」問題をめぐって、日本軍が関与したかどうかなど細
かな事実関係なども含めて大論争になっています。また、国連やアメリ
カでも人権問題として大々的に取り上げられています。

 しかし、私の知る限りこの「従軍慰安婦」騒動は、戦争中に起こった
特別な事件であると言う大前提については全く議論されていません。平
時と戦時とでは人間の行動や心理に大きな違いがあります。戦時下の事
件は、平和な時代の尺度では計れない次元の違うものです。

 全ての戦争は、敵対する人間を消滅させる事を目的とし、人間の尊厳
や基本的な人権は無視されて、効率的な大量殺戮が評価され、あらゆる
手段を使って勝利を目指す事が使命です。人間としての正常な思考や責
任のある行動は存在しません。何でも有りの狂気の季節なのです。

 例えば、全土がすでに焼夷弾攻撃で焼野原になっていた日本に、止め
を刺すかのように投下された原子爆弾2発は日本の民間人を一瞬のうち
に何万人も殺傷しました。非戦闘員である日本人を大量にまとめて殺傷
したのは、人権問題ではないのでしょうか。

 広島、長崎の原爆被害者と日本政府は、爆弾を投下した国に何年にも
わたってしつこく、公式に損害賠償や責任の追及、謝罪の要求をしたで
しょうか。原爆によって全身が焼け爛れた日本人の銅像をアメリカや世
界の各地に建てることを要求したでしょうか。

 世界史、とくに近代の帝国主義時代の歴史について、一定の知識を持
っている人ならば、イギリスによる長期にわたるインドの植民地支配や
アヘン戦争による99年間の香港略取と占領、オランダのインドネシア侵
略などの過程や残酷な植民地搾取の実態を知っています。

 また、フランスの長いベトナム支配、ディエンビエンフでの大敗北と
撤退、さらに歴史に残る最も悲惨なアメリカのベトナム戦争。植民地支
配で酷い目にあったインドやインドネシア、ベトナム、香港の人々と政
府は、当事国に対して賠償請求、責任の追及を行ったのでしょうか。

 被害者の国々の最高指導者は、加害者であるイギリスやフランス、オ
ランダ、アメリカに対して「加害者と被害者の立場は1000年たって
も変わらない」と執拗に非難を繰り返し、謝罪と補償を求めたでしょう
か。私は寡聞にしてまだ耳にしておりません。

 最後に、ベトナムで大虐殺を実行した国の議会や国民が「従軍慰安婦」
事件を人権侵害だと言いつのるとは、笑止千番。戦争中の大量虐殺事件
についても、ナチスのホロコースト、アメリカの原爆投下など、勝者は
不問、敗者は厳しく責任を問われる、人間のやる事は出鱈目ですね。
 

「蝉しぐれ」 みたび

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 7月20日(日)12時16分15秒
返信・引用 編集済
   映画とテレビドラマのラストシーンを見比べたのですが、やはり原作
に当たってみようと思いました。ただ、時代小説の全編を読みとおす気
力はありませんので、その部分だけ丁寧に読みました。原作はテレビド
ラマとほぼ同じ。しかし映像は、テレビドラマより映画の方が秀逸です。

 ところで、女の身になって考れば、愛しい男とは一緒になれず、偶然
になった側室は傍から見れば幸せそうでも、心の中は荒涼たるもの。こ
の時代は身分制度が強固に出来上がった社会であり、藩の上流階級にな
った女と、苦労して中流階級になった男との結婚は到底不可能。

 しかし、女はかなり積極的ですが、男は女ほど一途ではありません。
男は良い嫁をもらい、男女二人の子供をもって先ずは順調な暮らしぶり。
もし、男も命がけの恋ならば、ほかの女など見向きもせず、最後の逢う
瀬まで独り身で、悲劇のレベルはもっと高くなっていたでしょう。

 藩主が亡くなった後の女は心ならずも尼寺に入り、これから長く寂し
い生涯を送らなければなりません。忘れられない男に一目でも会いたい
と、手紙を書いたのはいわば切羽詰った「今生の未練」から。そうであ
れば、無色透明で無機的な別れでは悔しさと切なさの怨念が残ります。

 テレビドラマのシナリオも手掛けた黒土三男監督は、映画のラストシ
ーンについては、独自の構想を持っていたのでしょう。映画の清冽なシ
ーンのほうが強烈なインパクトが有り、余韻がいつまでも残りますが、
私達俗物には安直で常識的な筋書の方が分かり易いのでは、、、。

 歴史を見れば分かる様に、社会が成熟してくると身分制度や階層の
固定化が起こり、社会の発展の大きな障害となります。いわゆる社会
の動脈硬化ですが、自由な競争によって現われた優秀な人材が活躍で
きるシステムを構築することが最も重要な事ではないでしょうか。
 
 

7月14日は「パリ祭」

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 7月13日(日)14時32分8秒
返信・引用 編集済
    7月14日は「パリ祭」です。フランスではもちろん「パリ祭」ではなく
「革命記念日」と言うそうですが、日本のフランスかぶれは「パリ祭」と
言っています。2年余り前に、この「掲示板」にシャンソン「パリの屋根
の下」について書いた私のメモワールを再録します。

     *****     *****     *****

   ♪ なつかしの思い出に、さしぐむ涙
      なつかしの思い出に、流るる涙
        マロニエの花は咲けど、恋しの君いづこ

   ♪パリの屋根の下に住みて、楽しかりし昔
      燃ゆる瞳、愛の言葉、やさしかりし君よ
        鐘は鳴る鐘は鳴る、マロニエの並木道
         パリの空は青く晴れて、遠き夢をゆすぶ

     ***    ***   ***

  ルネ・クレールの映画「巴里の屋根の下」で歌われたこの シャン
ソンの歌詞は、私が高校生のころ「物理」の授業中に、 友達からこ
っそりと教えてもらったもので、この歌を聞くと田舎の高校の古い木
造校舎の状景が目の前に浮かんで来ます。

 ところで、この歌詞はシャンソン「巴里の屋根の下」の原詩の直
訳ではなく、詩人・西条八十のいわば創作であると思います。原詩は
つつましくて、わびしく切ない、現実的な言葉が並んでいて、決して
ロマンチックなものではありません。

 ですから原詩には「マロニエの並木道」とか、「鐘は鳴る」と言
う言葉は全く出てきません。この訳詩は、ベルレーヌや上田敏の世界
に西条八十が自らの心象風景を託して書いたものだと思います。日本
ではこれが定版となって、どなたもこの歌詞で歌っています。

 しかし、この訳詩のほうがはるかに美しく、夢見るような言 葉で
飾られています。西条八十は大正13年(1924年)32歳のとき
にパリに留学。思い出に満ちた2年間のパリ生活では、心に深く刻ま
れたラブ・ロマンスも有った事でしょう。

 この映画は1930年(昭和5年)の製作ですが、日本では19
31年5月の公開。レコードも同じ頃発売されていれば、フランスか
ら帰国して間もない彼がパリでの出来事を懐かしく思い出しながら、
熱い心で書いた歌詞と考えていいでしょう。

 彼はソルボンヌで学んでいますから、そこで出会ったフランスの
美しい女性との愛の思い出を振り返って涙を流し、ミモザの花を見て
はかっての恋人の面影を偲び、また彼女と手を取り合ってマロニエの
並木道を歩きながら聞いた教会の鐘の音、、、

 パリの真っ青な空を瞼に思い浮かべ、記憶をたどれば心が震るえ
る様な昔の夢を書き留めたのではないでしょうか。こんな素晴らしい
思い出を見事な訳詩に織り込んで、パリの恋人を懐かしみ、涙を流す
詩人を私は羨ましく思います。「想い出は人生の宝物」と誰かが言っ
ていますが、本当にそのとうりですね。 7910

 

「唯一度、二度とない、、、」

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 7月11日(金)09時55分50秒
返信・引用 編集済
   再び「蝉しぐれ」、 ラストシーンはいつまでも心にしみこんで、気に
掛かっていました。長いあいだ生きて来て、この歳になっても「恋物語」
は魅力に満ちた、心の躍る不思議な力を持っています。この作品の映画
とテレビドラマのラストシーンを見比べて見ました。

 映画では、女は思いのたけを静かに語り、互いに相手を見つめあい、
気持は遥かに過ぎ去った若い頃に舞い戻り、懐かしさ、恋しさに思いが
溢れて来る。女は自分の意志で藩主の側室になった訳ではなく、傍から
見れば栄耀栄華の暮らしでも、心の中はいつも虚ろで寂しいもの。

 言わば藩主の慰みもので、藩主が亡くなれば落飾して尼になり、世捨
人の様なわびしい生活を余儀なくされる。悔いの多い諦め切れない人生。
女は男に一度も触れること無く、万感の思いでお城に帰る籠の小窓に取
りすがって、恋しい男の姿を涙の中で見つめながら別れて行く。

 一方、テレビドラマでは、女は男と再会して二人だけの席で酒を酌み
交わし、一緒になれなかった悔しさを嘆き、男の愛を確かめたあと「今
生に残る未練」を解き放ち、物思いに沈んだ風情ではあっても、少しは
愁いの晴れた面持ちで、男を振り返りながら名残惜しげに去って行く。

 映画のように、恋しい男女が苦労して再会しても、結ばれること無く
別れて行くとは、まことに呆気なく残念の極み。綺麗ごとで、美しい様で
も執念や怨念がいつまでも尾を引いて物狂おしく、落着きません。やはり
観念的な恋よりも、現実的な恋が人間の本当の恋だと思います。

 

管理人からのお知らせ

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 7月10日(木)08時34分34秒
返信・引用
    いつもこの掲示板を閲覧していただいて、有難うございます。
閲覧も投稿も歓迎していますが、ときどき投稿の中に「公序良
俗」に反するもの、商用目的のもの、またこの「掲示板」に掲
載するのに適当でないもの、などがあります。

 この様な場合は、管理人の判断で削除する事がありますので
悪しからずご了承くださるよう、お願いします。
 

何という不平等

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2014年 6月30日(月)18時39分35秒
返信・引用 編集済
   テレビで、「蝉しぐれ」という映画を見ました。原作は藤沢周平、黒
土三男監督作品。 ラストシーンは心に残りました。幼なじみで好きあ
った男女が結ばれる事もなく、女は藩主の側室となって手のとどかない
遥か彼方に。男はさまざまな苦難の末、そこそこの出世をする。

 そして、20年の長い年月がたって藩主は亡くなり、女は髪をおろして
尼になるという。その前に、一時期苦労を共にした、恋しいその男えの
未練絶ちがたく、最後の別れをする。女は静かに思いのたけを語り、男
もそれを受けて昔に立ち返り、恋しさと懐かしさで女の名を呼ぶ。

 女-「あなたのお子が私の子で、私の子があなたのお子である様な道
    はなかったのでしょうか」

 男-「それが出来なかった事を、私は生涯の悔いとしています」

 女ー「本当? 嬉しい、、、。でも、きっとこうゆうふうに終わるの
    でしょうね。この世に悔いを持たぬ人など居ないでしょうから。
    はかない世の中」

 これも、すれ違いの悲痛な恋の一瞬の火花。これはこれで悲しくて苦
しい話ですが、どちらかと言えば贅沢な物語。以上は前書きで、本論は
こちら。

 恋物語、ラブ・ロマンスは古今東西、美男美女の専売特許。並みの男
女では現実にはこんな心が踊る、嬉しいストーリーは有りません。片思
いの悲しみや、切なさをいやというほど味わうだけ。絶望的な気持をど
こにぶっつければいいのでしょうか、人の世は何と不公平なことか!

 「全ての人間は、生まれながらにして平等である」と言う外国製の思
想が有ります。この「平等」は「法の下での平等」という前置きがあっ
て、言わば一種のフィクション。「条件なしの平等」はこの世には存在
しません。

 頭脳、体力、容姿、性格など生まれ持った能力には、残念ながら原初
的な格差が有ります。従って、人間社会では実際にはどうにもならない
不平等が発生するという仕組になっています。と言うわけで、世界には
「格差」による「差別」が満ち溢れている、と言う事です。


 

「虚構の世界」 バッハのシャコンヌ、ゴッホの絵

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 3月22日(土)17時59分44秒
返信・引用 編集済
   曲名は有名なので、知っていました。きちんと聞いたのは初め
てです。この曲は演奏技巧としては難曲だそうです。しかし、バ
イオリンがキーコキーコと鳴っているだけで、美しいメロデイも
無く、素晴らしい音楽だとはお義理にも言えません。

 音楽を聴いた人間は、その音に感応し、そこから何かが生まれ
てくる。聴いても理解できないし、共鳴するものが無い音楽。高
度な音楽教育を受けた特定の人間だけが理解できる、これでは普
遍的な価値はないと言ってもいいでしょう。

 世の中には大変有名で、値段も腰を抜かすような高額な絵画が
あります。例えば、ゴッホの絵。私は素直な気持ちで見て、少し
もいい絵だとは思いません。構図も異常、丁寧に描かれてはいま
すが、タッチがささくれだって、精神障害者の作品だと考えてい
ます。

 60年くらい昔の話です。私がまだ学生の頃に「赤富士」など
を書いていた「林武」という非常に高名な画家がいました。風貌
も如何にも大家と言う感じで、一世を風靡していましたが、今は
どこにいるのでしょうか。ゴッホもあとどのくらいもつのでしょ
うか?

 人間の感性はいろいろです。しかし、時代や国が変わっても、
普通の人間が見たり、聴いたりして理解でき、納得できる作品の
中で最も優れたものが本当の芸術作品であり、歴史の評価に耐え
うる人類の文化的財産だと信じています。

 バッハのシャコンヌやゴッホの絵は、実際に存在し、ある時期
に一定の評価を受けたと言う理由で、世界の音楽史や絵画史には
残るでしょう。しかしこれは、ペテン師に騙されて馬鹿だと言わ
れたくないので皆と同じ事を言った、アンデルセンの「裸の王様」
と同じ物語だと思います。 (7059)

 
 

再録 アメリカ映画「カサブランカ」

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 3月19日(水)10時07分1秒
返信・引用 編集済
   この論評は、2009年3月に三回に分けて書いたものですが、まとめて再
 録しました。

 私の数少ない趣味の一つに古いアメリカ映画やフランス映画の鑑賞があ
ります。これらの映画の中で最も好きなのが「カサブランカ」です。なぜ、
この映画なのか?その理由をご説明いたしましょう。

 もともと、私はこの映画はその昔学生の頃、何処かの名画座で観た筈な
のです。「筈なの」と曖昧なのは良く覚えていないと言う事です。最近アメ
リカ映画の安いDVDが沢山出回っていますが、そのなかに「カサブランカ」
もあり、買って観ていました。

 ところである日、岩波新書でマーク・ピーターセンの「日本人の英語」
という本を読んでいると、英語のネイティブの「カサブランカ」について
の解説がかなり詳細に書いて有りました。

そこで、また「カサブランカ」を丁寧に見なおしました。いやぁ! 驚き
ましたね。まず、私の大好きな「パリ」が出てきます。 次にその内容が何
とも切ないと言うか、やり切れないと言うか、腹が立って夜も寝られない、
、、(ちょっと大げさかな)そんな気分になりました。

 そんな訳で、今度は映画の脚本の出ている本を買って来て本気で真面目
に調べてみました。そこで登場して来るのが、かのイングリッド・バーグ
マンです。勿論、このころのバーグマンはまだ駆け出しの女優さんです。

  この映画は1942年(昭和17年)に作られましたが、実際に製作さ
れたのはハリウッドのワーナーブラザース撮影所の第9ステージで、ここ
にセットが組まれて撮影されました。

この頃のアメリカ映画は、外国が舞台のものでも殆どがアメリカ国内、そ
れもハリウッドに近い場所で撮影されていた様です。例えば「誰が為に鐘
がなる」(1943年・昭和18年、ヘミングウエイ原作、ゲーリー・ク
ーパーとイングリッド・バーグマン出演)の舞台はスペインですが、これ
も実際にロケをしたのは、シェラネバダ山中の高地で約3ヵ月間、その後
ハリウッドのスタジオで3ヵ月かかって完成しています。

「カサブランカ」が出来た後に、実際にモロッコのカサブランカを訪問
したのは、ピアノを弾いていた「サム」役の黒人のドウリー・ウイルスン
だけ、と言われています。

私は現在のカサブランカを「ユー・チューブ」で見ましたが(私はカサ
ブランカに行く時間も経済力も有りませんので)、明るい感じの町の様
で、映画に有った高い塔も写っていました。

 映画「カサブランカ」では、二つのテーマが有って、1.反ナチ抵抗
運動に対する支援、2.リック(ハンフリー・ボガ ート)とイルザ(イ
ングリッド・バーグマン)のラブ・ロマンスですが、ここでは恋愛問題
について、私の勝手な解説と批評を書いてみたいと思います。

 *フランスのパリで、リックとイルザは知り合い、熱烈な恋 愛関係に
なる。このパリでしばらく愛の日々を過ごいた後、ドイツ軍のパリ入城の
前日にパリを脱出する話がまあとまり、結婚の約束までするが打ち合わせ
の場所に理由も言わずにイルザは現れない。

 *北アフリカのフランス領(当時の)カサブランカのリックの経営する
酒場で、リックとイルザは偶然再会する。イルザは実は結婚していて(リッ
クと知り合う前、夫は反ナチ抵抗運動の指導者)、その夫とアメリカに渡る
為に、カサブランカに「出国ビザ」を手に入れる目的でやって来た。

 *イルザは、パリでの別れの事情を説明する為に夜、リック の店に行く。
リックは、イルザがパリで理由も告げずに別れた事を詰問するが、余りにも
激しい言葉でなじるのでイルザは怒ってホテルに帰ってしまう。イルザは
「出国ビザ」が手に入れば夫とリスボンに飛ぶつもりなので、リックを過去
の人と考えている。

 *ところが、この肝心の「ビザ」が手に入らないので、イルザは「ビザ」
を持っている事が分かったリックに接近して、拳銃で脅迫して奪い取ろうと
する。

 *この場面が大きな山場で、大転換が有ってイルザとリックは、お互に
愛の告白をしてベッドを共にする。突然の状況の大変化は、次の二つのシー
ンで説明されている。

 1.イルザは夫が政治集会に出席するのを止めようとするが、 夫は政治
優先の男ですから危険を顧みず出かけて行く。これによって、イルザは妻で
ある自分より政治を優先する夫に、女としての「不安」と、かなりの「嫌気」
を感じている。(以前にも結婚して間も無く夫は政治活動のため、自分の祖
国のチェッコに帰り、ナチに逮捕されている)。

 2.イルザが拳銃で脅して「ビザ」をリックから奪い取ろうとするが、リ
ックは、「打つなら打ってくれ! その方が俺も助かる」とイルザに向かって
行く。これはイルザが居なくなるなら死んだ方がましだ、と言う一種の「愛の
告白」を意味していて、イルザにショックを与える。

 *この場面で、お互いに強い愛が確認され、再び強烈な恋愛感情が燃え上
がり「もう決して離れないと誓うわ」という台詞が出てくる。この時点でイル
ザは本気・本心でリックと一緒になる決意をしているし、リックも「お前を夫
のラズロには渡さない」とはっきりと言っている。

 *ところが、最後の別れ・飛行場の場面で、リックはイルザに対して、夫
のラズロと一緒に出国するよう突然、話を変える。 映画を見ている人は、ここ
で「何じゃ、こりゃ!」と思うわけ。イルザは話が違うとリックに詰め寄るが、
リックはもっともらしい理由や理屈を並べてイルザを説得する。こうしてイル
ザは夫と並んで夜霧の中を飛行機に向かって消えて行く。

 *以上がリックとイルザの係わり合いである。最も不可解なのは、最後の土
壇場になって、あれ程イルザを愛し、一緒になると言っていたリックが、何故
イルザを夫と共に出国させたのか、と言う疑問である。イルザを説得するリック
の台詞は、何となく急ごしらえの、不自然で空々しい言葉ばかり。

 *イルザは第二の選択としてやむなく夫と出国する。しかし、状況から言え
ばイルザは夫との出国を拒否して、心から本気で愛しているリックに抱きつき、
「貴方からもう絶対に離れ ないわ」と言えた筈。

 *ここら辺りが、この映画の筋書きの不思議なところで、シナリオの流れが
淀んで、シナリオ・ライターがうろたえている様にみえる。前の夜一緒に寝て
「もう決して離れない」と誓ったにもかかわらず、飛行場でリックの屁理屈に納
得した様な顔をして、「さようなら、リック!」「お元気で!」と言って去って
行くとわね、、、。

 *この最も大切な部分では言わば、ストーリーが混乱している様に感じられ
る。という事は、別の理由が有って無理をして脚本をいじった、と考えてよい。
だから、私自身はこの最後のどんでん返しで「悲しい」とか「切ない」という気
持ちを通り越して「気分が悪くなり」「腹が立って、夜も寝られな かった」と言
う訳です。

 *では、何故この様に無理に脚本を書き換え、ストーリーを捻じ曲げたのか?
それはこの映画が「国策宣伝映画」としてスタートしたからだ、という事です。
そこらの事情は又の機会に詳しくゴ報告する事にしましょう。

 *しかし、この様に訳の解らないうちに大悲恋となり、「悲しさ・切なさ」や
「悔しさ」「怒り」がどっと押し寄せて来る結末によって、この映画「カサブラン
カ」は世紀の大傑作となり、アメリカ映画の不動の古典となり,1943年度の第
16回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞を受賞しました。  (7038)


 

記憶は頑張ってくれるかな!

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 3月 7日(金)07時10分56秒
返信・引用 編集済
   身近な人が亡くなると気が滅入ってきます。思い出を共有した
人達が一人、二人とこの世から去って行くと、取り残された様な
わびしい気持になりますね。

 私は「来世は絶対に無い、霊魂などあるはずが無い」という少し
変わった思想の持主ですが、自分の頭の中にある記憶は簡単に消す
ことは出来ません。

 これまでいい加減な人生をやって来ましたが、思えばなんと長い
年月だったことか! 時間と共に自分の人生の厚みが少しずつ剥落
して薄くなって行くような気がします。

 そのうち自分の大切な財産である楽しくて、懐かしい記憶が霞の
彼方に消えて行くのかも知れません。体力の衰えは仕方がありませ
んが、記憶だけは最後の瞬間まで頑張ってもらいたいものです。
(6842)
 

市民文化遺産普及協会

 投稿者:fukiyamanメール  投稿日:2014年 3月 3日(月)15時32分58秒
返信・引用
  私は無名の市民文化遺産をふきゅうしています。貴方もなにか後世に残したいような技など無形文化遺産があったら
教えてください。手軽にコストがかからないとっても面白いような技術、知識ご存知ですか?
スポーツ吹矢はすべて手作りで高性能の用具が作れます。テキストブックもあります。カラクリ吹矢、メンコ射撃、ヌンチャク竜音棍112式、魔法の指笛をやりませんか?www.fssa.fr/フランススポーツ吹矢協会をご覧下さい。Tel 0258-34-2303 info@sportsfukiya.net
 

涙があふれるラストシーン

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 3月 2日(日)15時22分1秒
返信・引用 編集済
    一人の監督が同じテーマで二度も映画を手掛ける、というのは珍しい
ことですが、「めぐりあい」は、レオ・マッケリー監督が1939年(昭
和14年)と18年後の1957年(昭和32年)に、ほぼ同じ内容で製
作しています。

 最初の作品の原題は「LOVE AFFAIR」で、日本では「邂逅」(めぐり
あい)という題名。主演はシャルル・ボワイエとアイリーン・ダン、共に
当時の人気俳優で美男美女。

 二作目の原題は「AN AFFAIR TO REMEMBER」(めぐり逢い)、主演
はケーリー・グラントとご存知のデボラ・カー。最後の場面では、涙があ
ふれ出るラブ・ロマンスです。

 私の感想では、シャルル・ボワイエのほうが雰囲気が出ているように感
じました。女優はもちろんデボラ・カーですが、アイリーン・ダンも大変
美しい人です。

 しかし、前作は白黒ですし、私の持っている安物のDVDは画面がかすか
に薄いので、カラーで色の美しい第二作にはかないません。また、台詞
も第二作のほうがいくらか工夫されていて面白くなっています。

 ラストシーンが溢れてくる涙で見えなくなるラブ・ロマンスの映画は多
いのでしょうが、私の経験では、グリア・ガースンとロナルド・コールマ
ンの「心の旅路」(RANDOM HARVEST)はよかったですね。
 

森鴎外と画家・藤田嗣治

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 2月23日(日)16時01分32秒
返信・引用
    世の中には意外な事が有って、想像もしなかったことを知って驚く事が
あります。「鴎外とエリーゼの恋」をこの掲示板に書いている頃、鴎外の
本職は軍医ですが、その最高位の軍医総監に何年くらい在職していたのか
調べている時に、画家の藤田嗣治の名前が出てきました。

 鴎外は1907年・明治40年11月13日に軍医総監に就任して19
12年・大正元年9月に藤田嗣章と交代しています。鴎外の在任期間は約
5年間ですが、後任の軍医総監・藤田嗣章の息子が藤田嗣治とはまさに以
外でした。鴎外と藤田嗣治の係わりなど全く知りませんでしたので,,,

 鴎外は部下である藤田嗣章から絵の上手な息子の進路について相談を受
け、進学先を話し合っていたようです。その結果、嗣治は1905年・明
治38年に東京美術学校に入学しました。その後は皆さんご存知のとうり
ですが、ひょっとしたら、彼は父親の希望する軍医になっていたかもしれ
ませんね。
 

忍耐強い中国人に脱帽!

 投稿者:かっちゃん  投稿日:2014年 1月29日(水)15時53分50秒
返信・引用 編集済
   先日、中国の首都・北京で、50メートル先が視界不良と言う凄まじ
い大気汚染の状景が伝えられました。中国の人々は厚手のマスクをした
り、外出を控えたりで自己防衛をしているようですが、政府や関係機関
に苦情を言ったり、大規模な抗議活動をしている様子はありません。

 この状況を見て、中国人は何と忍耐強く、自分達の健康被害などを物
ともせずに自己規制の出来る模範的な人種なんだ、と私は思いました。
居住地域の大気の汚れは、人間の命にかかわる極めて重大な問題ですが、
それを承知で文句一つも言わないとは本当に恐れ入りました。

 ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンでこの様な物凄い大気汚染
が発生したら各地の住民は黙っているでしょうか。間違いなく大騒ぎに
なるでしょう。ただ、これら地域に住む中国人は偉大な忍耐力を発揮し
て、顔色一つ変えず春風駘蕩の風情と言うことでしょうか。

 これに対して、自分達の生命・財産に直接は関係の薄い近隣諸国の
「歴史認識」などの大義名分に関する問題では怒り狂って、常識のある
人間の行動とは思えない振る舞いを当然の様に実行する、奥が深く、
謎の多いDNAを持った民族であると心の底から感心しました。

 年間を通して日本に降って来るイオウ酸化物の発生源は、年平均で
49%が中国起源、現在の中国のSO2排出量が世界一であることからもわ
かる様に微粒子物質PM2.5、酸性雨などの越境汚染はこれからも一段と
深刻な問題となるでしょう。

 ところで、いつも威勢の良い日本のマスメディアは、抗議の先頭に立
つどころか、お得意の情勢分析だけで、借りてきた猫の様におとなしい。
マスメヂアの情報に100%影響される日本人は、黙して語らず。これ
では20年先、50年先の日本人は一体どうなるのでしょうか。


 

日本国民はただの野次馬ではありません

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2014年 1月10日(金)15時07分9秒
返信・引用 編集済
   特別な知識や深く幅広い教養も無い私は、 世界の先進国のマスメデ
ィアに接する機会は有りませんし、仮にそれが出来たとしても外国語が
全く分りませんので、日本の現状と比較してあれこれと考える事が出来
ません。まことに残念です。

 さて、日本ではこれまでず~と、全国ネットのテレビ、新聞は、殺人
事件や火事のニュースを大々的に全国版で扱って来ました。特定な地域
の事件を何故日本全国に伝える必要が有るのでしょうか。事件発生のそ
の地方のローカル・ニュースで報道すれば十分だと思います。

 視聴者、読者は、次の事件のときは前の事件の記憶は薄れ、その前
の事件などはとっくに忘れています。私達は事件の重要性や社会的な
比重を十分に判断する能力を持っています。誰かが殺されて、犯人は
そのうちに捕まった、こんな内容では記憶するに値しません。

 事件の詳細な背後関係や特殊性などを解説するわけでもなく、報道
機関内部の常識や昔ながらの習慣だけで、貴重な時間や紙面を無駄に
するのはいい加減に止めてもらいたいものです。国民に伝えなければ
ならない重要な情報が沢山あるばずです。日本国民は昔と違って、物
見高いただの野次馬ではありません。
 
 

素直でおとなしい日本人は国際化時代に生き残れるか

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2014年 1月 1日(水)15時41分9秒
返信・引用 編集済
   日本人は、どちらかと言えば内向きでシャイで、心優しくて素直な人種
だと言われています。周りの国々の人達は、遠慮なく言わせてもらえばか
なり厚かましく、神経が太くて、自らの他国えの嫌がらせ行動は棚に上げ
て他人えの攻撃は激烈、日本人との国民性の違いを痛感しています。

 日本の政治的リーダーである首相の「靖国神社」参拝について、周辺諸
国から怪しからんと非難されれば、日本の新聞、雑誌、テレビ局などのマ
スメヂアは、関係国の人間が嫌がることはすべきではない、と批判的に論
評しています。これを見ても日本人が内向きでシャイである事がよく分り
ます。

 ところで、わが国の領土である「尖閣諸島」で、中国漁船が日本政府の
巡視船(国民の税金で建造された)に体当たりした事は、日本人の嫌がる
ことでは無いのでしょうか。さらに中国各地で起こった反日デモで、日本
人経営のデパートやスーパーマーケットが襲撃され、商品を略奪されたの
は日本人の嫌がる事ではないのでしょうか。

 末端の段階の反日活動だけでなく、政府レベルでも「レアーアースの対
日輸出禁止」「日本の建設会社社員の身柄拘束」「対日貿易手続のサボタ
ージュ」など様々な事件が報道されました。この時、日本人はこれらの犯
罪的行為、対日嫌がらせ行為に対して、東京の中国大使館に押しかけて抗
議デモを行ったり、日本各地で中国えの抗議集会を行なったのでしょうか。

 日本では、一部の人がごそごそ文句を言っていましたが、全体的にはマ
スメヂアも国民も実にお行儀良く、静観していました。全く模範的な素直
さ、人の良さでした。しかし、これではこれからの波乱万丈の国際化時代
に東アジアの抜け目の無いつわもの達と五分に渡り合うことは出来ません。
 

「結婚について」のフランス版

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2014年 1月 1日(水)12時19分3秒
返信・引用 編集済
   大晦日の夜、フランス映画「ブローニュの森の貴婦人たち」と言う映
画を見ました。1945年(昭和20年、終戦の年)製作、ずいぶん古
いですね、今から69年前です。ジャン・コクトーも脚本に係わったよ
うです。監督はロベール・ブレッソン。

 私は自称「フランスかぶれ」ですが、実はフランス語は全く分らない
という、いい加減で、なさけない人間です。従って、言葉は日本語のサ
ブタイトルを追っ駆けるしかありませんので、どこまで理解できたか残
念ながら自信がありません。

 欧米各国、例えばアメリカ、フランス、ドイツ、イタリアなどについ
て私が知っている事はほんの僅かです。ここではフランスですが、映画
のヒロインは有名な女優「マリア・カザレス」。彼女の身分は上流階級
となっています。

 大金持で上流階級の愛人に本意ではない別れの言葉をつげたところ、
男も同じ気持だったと返されて去られてしまう。女はこの駆け引きで窮
地に陥り、仕返しのために自分の古い女友達の娘で娼婦の過去を持つ女
を愛人に紹介します。

 ヒロインは、愛人えの復讐の道具としてこの娘を利用します。自分が
援助して比較的地味な高級住宅地に住まわせ、いかにも真面目な良家の
子女の様にみせかけて、はじめは躊躇していた娘とのぼせ上った愛人と
の結婚を実現させます。

 さて、立派な身なりに卑しからざる風貌のいかにも上流という人達の
参加した結婚式も無事に終わり、次のお披露目の場面で、控室にいる花
嫁はパーテイに出る事を拒否します。ここで花婿と花嫁の間でひと悶着
があるのですが、、、。

 フランス語が完全に分かって、またフランスの社会や習慣を知ってい
れば、ここら辺りの事情が飲み込めるのでしょうが、一般の日本人には
どうなっているのか、何故こんな事になるのかよく分りません。映画で
はこれらの事情を説明していませんから、仕方がありません。

 フランス社会はイギリスほどではないが、相当な階級社会といわれて
います。観光旅行でパリをちらりと見ただけでは内部は分りません。上
層階級の結婚はその階級内部で行なわれ、階級を越えた縁組は通常は無
いそうです。まして元娼婦との結婚などは当然有り得ません。

 昔の自分を知っている男が居るかも知れないお披露目パーテイには、
花嫁は絶対に出席できません。こんな訳で、花婿は破滅的な衝撃を受け、
ヒロインの罠は大成功というお話です。
 

結婚について

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2013年12月30日(月)17時13分52秒
返信・引用 編集済
   人間の一生には三つの大事件があります。皆さんもご存知の様に
「出生、結婚、死」ですが、出生と死は自力では対応が困難です。結
婚だけは自分で考え、決定し実行する事ができます。いま世界各国で
は離婚率の高さが話題になっていますが、アメリカでは50%、日本
でも近く30%になるだろうと言われています。

 何故こんなに離婚が多いのでしょうか。人間は生れながらにして生
存権があるとか、言っていますが、自分の子供の生存権に対する義務
はどうなっているのでしょうか。いつの時代でも弱者が割を食い酷い
目にあっています。生まれて来た子供に対する責任と義務を法的に厳
しく規制するべきですね。

 人生で自分で選択し、決定することができる結婚について、出会い
がしらの「見かけの印象」だけで安易に生涯の伴侶となる重要人物を
選んでいるから破綻も多くなるのでしょう。人間は動物の一種であり、
若くて情熱的な年頃では見かけのインパクトは巨大ですが、だからと
言って無鉄砲に実行してよいとはなりません。

 見ための容姿や雰囲気に圧倒されて、その人間の本当の価値を見定
める事が出来ないのは、普通の人間ではやむを得ない事かもしれませ
ん。余程、思慮深く理性的な人間ならば、また違った対応もあるでし
ょう。しかし、この問題は「人間の価値」について知識を深める事で
解決の道筋が見えて来ると思います。

 1.見かけの価値
 これはまさに一目瞭然。その人間の容姿や音声などの第一印象。特別
な美男美女なのか並みの人間か。品格があるのか無いのか。雰囲気は優
しそうで謙虚なのか猛々しくて傲慢なのか。人間は外見だけで判断をし
て、それが全ての様に思い込む困った習性があります。見かけの価値は
総合的な価値から評価すれば25%と言ったところでしょうか。

 2.名目価値
 出自と所属するファミリー、親族や係累。学歴や職歴、社会的な階層
と交友関係。 ビジネスの資格やライセンス。これらは証明書や記録、
関係者からの情報である程度は判別出来ますが、本人の真の実力と異な
る事もまま有ります。これを100%信用すると後で酷い目にあう場面
もあるでしょう。割合は35%。

 3.実質価値
 まず性格、これは大変重要な要素。温和で優しく親切なのか、感情的
になり易く怒りっぽく、平気で暴力を振るう。趣味はギャンブル好きで
金銭感覚が不安定。常識的な趣味なのか、それと特異なもので危険が伴
うものが好みという場合もあり、この問題は多種多様で確実に見分けな
ければ後で後悔する事になります。

 その人間の人生観、価値観は外見からは判断できません。直接話し会
って詳しく聞くべきでしょう。これは社会生活をおくるうえで極めて重
要な問題です。また、行動力も付き合ってみなければ分りません。口は
達者だけど実行力がまるでないと言う人も結構沢山います。

 以上の外に「遺伝」の問題もありますが、生命保険の調査ではないの
で、あまり細かな項目まで気にすると限りがありません。結論としては、
人間の実質価値が最も大切で、また決定的な意味をもっています。全体
的な割合は40%と考えていいでしょう。

 さて最後に、結婚は相手のある話ですからこちらの人間的な価値も当
然値踏みされています。結局は双方の条件が折り合うバランス感覚で落
着くところが決まって来るでしょう。しかし、初見で意気投合したり、
見かけで燃えあがり情熱だけでつっ走って、後は悔しい思いで唯一度の
大切な人生を涙で汚さないようにしたいものです。


 

「中学生以来のフランスかぶれ、、、」は一区切り

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2013年12月23日(月)14時36分47秒
返信・引用 編集済
   長いあいだ見ていただき、また時には貴重なコメントなども賜り、
有難うございました。 心からの感謝の気持をお伝えして、このコラ
ムの幕を引く事に致します。 たいへんお世話になりました。

  私の大好きな映画「カサブランカ」の最後のシーン、 夜霧の飛行
場でハンフリー・ボガートの「リック」を残して, リスボンに旅立
つ、懐かしのイングリッド・バーグマン演じる「イルザ」の悲しみ
の台詞を拝借して、、、、、

      ”Goodbye, Rick, God bless you!”
       さようなら、皆さん、お元気で!

 長くお付き合いを頂いた、”中学生以来の「フランスかぶれ」の
たわ言”は一応終了して一区切りをつけ、これからは無責任で遠慮
なしの言いたい放題のコメントを書くつもりです。

 理由は、これまで長い長い人間行路を歩んで来ましたが、「人生
劇場」の千秋楽もそろそろ近づいていますし、またいまは最終ゴー
ルに向かってホームストレッチを疾走していますので、いつ息切れ
するか、、。悪しからずご了承をお願いいたします。
              ”かっちゃん” こと荒牧克夫 

htt

 

「死後の世界」はあるのでしょうか?

 投稿者:かっちゃんメール  投稿日:2013年11月24日(日)15時17分22秒
返信・引用 編集済
   もともと「偏見と独断」が売物で、かたよった考え方に突っ走る、
単純でへそ曲がりの私は、緻密で優れた頭脳を持つ友達からは「あ
んたの思考方法は短絡的で、知識の総量が不足しているから批判の
対象にはならないよ」とあっさりと宣告されています。こんないい
加減な私の話ですから、そのつもりで腹を立てないで読んでいただ
ければ、、。

 まず最初に、「死後の世界はあるのか無いのか、魂は存在するの
かしないのか」と言う人類が物を考え始めて以来の大命題について
は、すべての人間が納得できる確実な証拠と証明は今のところ現実
にはありません。しかし、多くの宗教は「死後の世界があり、魂も
ある」という前提で組立てられて成り立っています。

 私は「死後の世界や魂は絶対に存在しない」と信じていますが、
残念ながら現時点では証明不可能なため断言はできません。しかし、
確固不動の信念を持つ「宗教者」は、何のためらいも無く「絶対に
存在する」と主張しています。信仰・信心の世界は、証明を必要と
しないので言いたい放題で気分がいいでしょうね。

 全ての宗教は基本的には人間の考えた空想ですから、その内容は
似たり寄ったりですが、宗教によっては「死後の世界や魂」の構造
や図柄が幾らか異なっています。「唯一の絶対的な神が存在する」
という誇大妄想的発想は、証明が無くても信じてくれる人がいるの
で都合がいいですね。

 近代における科学の目覚しい発明、発見によって、これまで大繁
盛した「宗教という夢物語」は、これから100年、200年後には次
第に色あせてゆくでしょう。人類が月に往復し、情報技術のすさま
じい発展、IPS細胞の発見など再生医療の活用、人間の脳研究の進
展などによって、「心と身体という二元論」は立ち枯れて行くと言
われています。

 現在、盛業中の世界宗教が地球上に現れてからすでに2000年くら
いになりますが、中世のヨーロッパで大活躍をしたキリスト教もい
まではかってのエネルギーはありません。理由は時代が進むにつれ
て、人間のたゆみない努力の結果、知識レベルが向上した事と生産
力の増大で人類が経済的に比較的豊かになったからでしょうか。

 私が知りたいのは、キリスト教、イスラム教など世界宗教の信者
の入信の動機や理由です。悩みに悩んだ末に自分で深く考え、多種
多様な宗教を比較・研究して、さらに自らの人生経験からの結論と
して、その宗教を選んだのか、或いは子供の時からの成り行きで訳
も分からずに、いつの間にか信者になっていたのか、そこらあたり
はどうなんでしょうか。

 現生人類の祖先は、約7万年前にアフリカ東部の地溝帯から地球
の各地に拡散して行ったと説明されています。現代の世界宗教が
現れる以前に生存していた人類は、どんな方法で精神の安定を確保
していたのでしょうか。また、どんな宗教が、或いは宗教らしきも
のがあったのでしょうか。今後これらの問題が少しずつでも解明さ
れて行く事を心から期待しています。

 

/7